王位継承者選定委員会



「──これをもって、18番目の候補者は王位継承者候補として失格とみなす」

 今回の議長が重々しく告げ、会議は終わった。
 王位継承者候補であった王兄の2番目の息子は、追って王から処分を通達されるだろう。

 王宮の地下にある広いホールで行われる、秘密の会議──その名も王位継承者選定委員会。
 これは長い長い歴史をもつ、この国の最高機密機関である。

 はるか昔は一夫多妻だったこの国。王族が多産な家系だったことも相まって、王位継承を巡って血で血を洗う争いが絶えなかったとか。

 そこで生まれたのが、時の王を助け、王位継承者を秘密裏に選定する機関である。時代によって名前は微妙に変わっているが、現在の正式名称は前述の通りだ。かくいう私も、会議に参加している構成委員の一人。

 この委員会の存在は極秘も極秘。
 候補者に知られるという失態を犯した時点で委員から外され、家はゆるやかに没落確定。えこひいきなんかもってのほか。機密情報を外に漏らしたりなんかすれば、即座に抹殺対象になるという噂である。それが生命的な意味なのか社会的な意味なのかは、一生知りたくない……これもある種の恐怖政治だよね?

 構成員は、上位貴族の老獪な当主たちから、下位貴族の傍系の若き青年たちまで、家柄も年齢もさまざま。中でも最年少なのは、現在の殿下方とそう変わらない年齢である私たち、というわけ。

 会議では、どの構成員にも等しく発言権がある。家同士の敵対関係も、痴情のもつれも、ここでは見ないフリ・知らないフリ。もちろん、ホールの端のほうにいるこの国の最高権力者のこともね……。

 そう、陛下もこの会議には参加されるのだ。参加者はみんな仮面をつけているけど、分からないはずがないよね。バレバレだよ!

 名誉職である委員には、お給料など存在しない。しかし、未来永劫にわたって不利益を被らないことは約束されている……らしい。嘘か本当かわからないけど、とある委員の家が傾きかけていたとき、どこからかひっそり援助があった……なんて話を聞いたことがある。わー、どこからの援助だろうー。

 構成員の役割は世代を超えて、人知れず受け継がれていく。

 こんなに長年やってたら委員の中で癒着が起こりそうなものだけど、先祖の高い志が受け継がれたのか、国民としての危機管理能力がものをいうのか。

 今のところ、正常に機能しているようである。なにせ、まかり間違って問題のある継承者を選んでしまえば国の未来が真っ暗だ。責任重大な仕事である。

 この国が今だに大きくて豊かなのも、委員会のおかげだとかなんとか、私に役割を押し付けた叔父は言っていた。当の叔父自身は「世界をまたにかける大商人になる!」と血迷った挙句、今ごろ外国の空の下。……まったく、本当に、余計なことをしてくれたものだ。

 というわけで、ワケありの家に生まれてしまった私たちは、普通の貴族令嬢子息が知らなくてもいい知識を詰め込み、貴重な青春時代を候補者の素行調査に捧げなければならないのである。

 ちなみに、失格者に私たちの存在が伝えられることはないので、将来の王様以外にバレたらそこで一族もろとも人生終了……。16歳の少女の肩にかかる責任が重すぎる。叔父は帰ってきたらシメる。



 そんな私たちの活躍の舞台は、年頃の王族、貴族、そして一部の平民が通う王立学園・高等部。

 前回の会議が終了して、1ヶ月。
 委員A(仮名・高等部3年)、委員B(仮名・高等部2年)、そして私こと委員C(仮名・高等部1年)は、学園の一室でこそこそと会議を重ねていた。

 最近の議題は、もっぱら第1王子について。
 うわー、どうするー?とりあえず見守るか……。そうですね、で静観して約1年、卒業を前に決定的な事件を起こしたばかりである。

「反省すれば、候補者として継続できると思う?」

「いや、あれは無理だろ。もともと特別に秀でているところがあるわけでもなかったし、あの程度で道を踏み外すようではダメだ」

「反省もしそうにありませんしね。今でさえ、自分のどこが悪かったのか気づいていないんじゃありませんか?そもそも、あれは彼を蹴落とすために第3王子が仕掛けた罠でしょうが、"運命"ですからねえ」

 もともと第1王子は公爵令嬢と婚約していたのだが、中等部の頃から仲は悪いと有名だった。それだけならともかく、高等部で入学してきた男爵令嬢と運命の出会いなるものを果たした彼は、邪魔になった婚約者を排除するべく、あれやこれやと事件をでっちあげ、公爵令嬢は男爵令嬢をいじめた!そんな女、私にはふさわしくない!婚約破棄!なんて騒動を起こしてくれちゃったのだ。えーと、王族としての教育はちゃんと受けてきたよね?

 恋にとち狂って冤罪事件を起こす王位継承者とか、独裁政治まっしぐらな未来が見える。男爵令嬢との恋が"運命"ならまだ救いはあったのかもしれないけど、私たちは第3王子が第1王子を蹴落とすために仕掛けたハニートラップだと考えていた。公爵令嬢とも打ち合わせ済みっぽいし、半分は血の繋がった兄相手に怖すぎるー。

 一夫多妻制を廃止したにも関わらず、一人目の妻→離婚または死別、二人目の妻→離婚または死別、三人目の妻→離婚または死別をエンドレスで繰り返すうちの王族、ほんとやめてほしい。王位継承者選定委員会をおく前に、再婚できないようにしようよ……って愛人もいるから無駄か……。為政者としては問題ないのに、家庭内はドロドロって。いや、大国の為政者だからこそ?

 何はともあれ。

「今回の件について、私たちの意見をまとめます。第1王子は王位継承者として──」

「「「失格」」」

 もちろんわたしたちの一存で決まるわけではないけれど、誰かが候補者の資質に疑問を感じるところがあれば、委員会の議題として調査もされるし、審議が重ねられる。

 そして、しかるべき"証拠"が集められた上で継承権の剥奪が告げられる。場合によっては廃嫡だ。


 その"証拠"を集めるのが大変なんだけどね。今回はまだマシかな……学園内で調査すればいいわけだし。

 特殊な訓練を積むことによって隠密スキルを身につけた私たちは、目立たない一学生として日々調査に励んでいる。……ねえ、これって委員会の設立当初からじゃないよね?絶対、途中で追加された役割だよね?特殊な訓練とか、普通に生きてたら必要ないよね?

 特に問題を起こさない候補者はとりあえず保留で、リスト入り。
 候補者が多いときは、そりゃもう大変。バッサバッサと切り捨てるべく、粗探しに励むのだ。一応期限が決まっているため、そうのんびりもしていられない。不測の事態が起こったときのためにリストの中の継承権の順位づけもしなければならないし、やるべきことは山積みなのだ。



 放課後の廊下にて。
 せっせと積み上げた書類を運びながら、私はため息をついた。

 普段の私は、第1王子が所属している生徒会の庶務の下っ端の下っ端として働いている。男爵令嬢にうつつを抜かした第1王子とその取り巻きたちのこの1年間の仕事量は、推して知るべし。その上に、委員としての調査があるのだ。

「この仕事、ほんと大変……」
「おつかれさま〜」

 目の前で生徒室のドアを開けてくれたのは、ちょうど通りかかった第2王子だった。目下のところ、王位継承者として最有力候補のうちの一人。のほほんとした不思議系である。ぼんやりしてみえることが多いが、成績はいいようだ。

「あ、ありがとうございます」
「兄さんがいなくなれば、弟も大人しくなるし、仕事もラクになると思うよ〜。頑張って〜」

 ふわふわと手を振ると、第2王子は去っていった。……今日も生徒会室には誰もいない。

 そうなんだよね、彼の言うとおり。第1王子がいなくなれば仕事の大半は片付く……って、え?ちょっと待って。

 ゆったりした雰囲気に流されかけたけど、弟も大人しくなる〜とか言ってなかった……?第3王子が関係してくるのは、裏の仕事のほうだ。

「も、もしかして……気づかれた……!?」



「どうしよう!選定のことを気づかれたかもしれない!!」

 大急ぎで捕まえた委員A(仮名)は、私の話を聞くと厳しい顔をした。

「なにか気づかれるようなヘマをやったのか?」
「ううん、特に何もしてないと思う……」

 第2王子に気づかれるようなことをした心当たりはなかった。"この仕事"だけじゃ、いくら何でも分からないだろうし……。

「とりあえず、バージルに連絡だな」

 第2王子と同じクラスの委員B(本名バージル)が探ってくれることになり、ハラハラしながら待つ。数日後、どうやら彼は何も知らなさそうだという結論が告げられた。

「よ、よかったあ…………」
「でも油断はできない。気をつけろよ」
「うん……」


 それから3日後。
 舌の根も乾かぬうちに、私は第3王子によって壁際に追い詰められていた。

 最近クラスでなんだか視線を感じる気がする〜気のせいかな〜、気のせいだよね〜と思っていたが、気のせいではなかったようだ。コソコソ避け続けていたが、この場所に私が逃げ込むのも計算のうちだったに違いない。

 人気のない生徒会室。
 第3王子は開口一番、こう告げた。

「第1王子について、握っている情報をすべて吐け」

 だから、なんでバレてるのーー!!!

 候補者の中でも、第3王子の能力はトップクラスだ。頭は回るし、行動力もある。ついでにいえば容赦はないが、非道というほどでもない。

 昔から第1王子は可愛い女子生徒に身分をタテに迫るわ、身分の低い男子生徒をこき使うわ、問題行動を繰り返していたので、王位継承者としての資質を問われるのは時間の問題だった。第3王子が仕掛けてくれたおかげで、将来的には無駄な仕事が減ったといえる。

 ……決して、男爵令嬢と第1王子の逢い引き現場に(調査のためにわざと)出くわして、「ちっ、この地味女が」と罵られたことが原因で言っているわけじゃない。私情とか、ぜんっぜん入ってないから!

「な、なんのことでしょう?」

「3年のアダムが例の騒動で、気になることを言っていてな。私の知らない情報を握っているのではないかと考えたんだ。しかし、騒動との接点が見つからない。周囲の人間関係を探っていると、生徒会に顔を出しているお前が適任だと目についた」

 委員A(本名アダム)ー!犯人はおまえかーー!!何が油断するなよ、だ!!!

「それに加えて、1ヶ月前の従兄の事件には裏で動いている何者かの存在を感じた。私たちを見張っているやつがいてもおかしくないだろうな」

 第3王子はニヤリと笑う。

 ぎゃーー! そこまで気づいてるなら、いっそ知らないフリしててよーー! こっちは一族の命運がかかってるんだよーー!

 どうする?どうやって切り抜ける?
 絶体絶命だ。

「デレク、女の子をいじめるのはよくないよ〜」
「兄上」

 そこに現れたのは、救世主──いや第2王子だった。

「その子は私と待ち合わせしてたんだ。これから用事があるから、今日のところは引いてくれるね?」

 そう言われてしまった第3王子は渋々頷き、生徒会室を出て行った。第1王子には容赦がないが、第2王子にはそうでもないようだ……ふむ、覚えておこう……ってそれどころじゃないんだよー!どうするの!あれ絶対バレてる!下手したら私も、私の一族も、連帯責任で歴史の闇に葬られる!!

 どうしよう、どうしよう、と青くなった私は、目の前にいた存在のことをすっかり忘れていて。

 頭を優しく撫でてくれる手のひらで、我に返った。

「……弟には適当に言っておくね〜」

 だから、何も心配しなくていいよ。今日のことは秘密ね、と第2王子はふわふわと笑った。
 私は呆然としながら、出て行く彼を見送った。

「……や、やっぱり気づかれてる……?」



 それから第3王子が私に興味を示すことはパタリとなくなり。第1王子の継承権は剥奪されることが決まって、無事に進級した私たちの生活は平穏を取り戻した。

 ──少なくとも表面上は。

「クリス、貴女は最近なにを調査しているんですか」

 呆れた顔をした委員B(仮名・高等部3年)が目の前に突き出したのは、私こと委員C(本名クリス・高等部2年)が提出した王位継承者候補の素行報告書である。
 そこには、第2王子と第3王子の1週間の行動がまとめられている──その内訳を比で表すと、9:1。

「第2王子が何を食べたかなんて、詳しく書き記す必要はどこにもありませんよ」

 それも三食も……と委員Bはブツブツ呟いている。
 この仕事を始めて4年。私だってそんなことは分かっているのだ。

 ……でも気になるんだもん。第3王子から助けてくれたあの日から、私は第2王子のことが気になって仕方がなかった。姿を見つければつい目で追ってしまうし、隠密スキルを駆使して一挙一動を見つめていたいと思ってしまう。

 そんなことを言い募ると、委員Bはピシリと言い放った。

「仕事の本分を忘れた委員がどんな存在なのか想像してごらんなさい。私には、ただのストーカーの姿が見えます」


 す、ストーカー……。

 厳しい現実に直面させられた私は、第2王子を追いかけたいという欲望を抑え込み、第3王子の素行だけを黙々と追いかけた。元より、同学年の対象を調査するのが通常のスタイルなのだ。しかし、調査対象に向ける私の眼差しは、どうしてもどんよりしたものになる。第3王子が鬱陶しがっている気配を感じながらも、私は意地になって調査を続けていた。



 そんなある日。

 第3王子に頼まれて、私は生徒会室に書類を届けることになった。「いい加減、この状況をなんとかしてくれ」と言われたが、なんとかなりたいのは私のほうだ。最近では第2王子の幻覚まで見える気がしてきたし、お医者さんに見てもらったほうがいいのかな──って、ん?


 …………どうしよう、本当に幻覚が見える日が来てしまった。


 ノックしたドアの先にいたのは、ふわふわと笑わない第2王子。彼は私の手を取って引き入れると、そっとドアを閉めた。生徒会室の中には二人きり。

 私が彼の顔をポーッと見つめていると、第2王子は眉を下げて口を開いた。

「君は王位継承者にしか惹かれないの?だから、私に見切りをつけて、デレクを追いかけるようになったのかな?」

 夢見心地で考える。王位継承者……追いかける……。そうだ。

「私、殿下を追いかけちゃダメなんだった……」

 どうして?と問いかける優しい声が響く。長い指が頰に触れた。

「……ただのストーカーになっちゃうから。仕事なら仕方がないけど、ストーカーは迷惑をかけるだけの存在でしょう?」

「私が迷惑だと思わなければ、問題はないんじゃないかな」

 私は君が一生懸命に何かを追いかけてる姿が好きなんだ、と第2王子は続ける。

「私、殿下を追いかけていてもいいんですか……?」
「うん、追いかけてほしいな」

 そう言った第2王子がふわふわと笑って、頭を撫でてくれる。
 私はその気持ちよさに目を細め──、次に目を開けたときには我に返っていたのだった。


「で、でんかっ!?」

 殿下は、王位継承者候補について調査する私たちについてご存知だったんですね!?

 口をいくら開閉しても、それ以上の言葉は驚きで声にならない。そんな私の口を塞ぐように、第2王子はキスを落とした。

「秘密、ね」

 ふわりと笑う顔に見惚れる。
 そうして、私は気づいたのだった。


 ふわふわ笑うこの人のことが好きだということに。



 王国の最高機密機関、王位継承者選定委員会。

 これは、そんな組織に所属する委員C(本名クリス)が調査対象である第2王子(エディ様)への恋におちた話である。



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